72年前 白紙になった日常…広島の原爆資料館に被爆女学生の日記(産経新聞)

戦時下で欠かさず少女がつけていた日記が広島市中区の原爆資料館で公開されている。原爆の犠牲になった広島県立広島第一高等女学校(県女、現県立広島皆実(みなみ)高)の1年生3人が書き残した日記帳。昭和20年に入学してから毎日丹念に記してきたが、原爆投下の前日、72年前の今日(8月5日)を最後に白紙になった。つづられていたのは広島の街にあった普通の暮らし。無残に奪われたかけがえのない「日常」を今に伝えている。(鈴木哲也)

                   ◇

 日記帳は入学の際に1年生全員に配られた。石崎睦子さん=当時(12)=の日記からは、戦時下ながら明るく生き生きと過ごした姿が浮かんでくる。

  

 〈この感激で一生懸命勉強しやうと思つた〉 (4月6日)

  

 県女の入学式、希望に胸を膨らませる様子がうかがえる。

 春から夏にかけ、空襲警報で行きつ戻りつした通学の日々。暑さのもとで続いた開墾作業…。それでも、変わらぬ日常があった。

  

 〈母が田舎へ行つたので姉と一つしよに夕方のしたくをした。後で大へん気持ちがよかつた。母によくやつたといつてほめられた〉 (6月4日)

 〈姉と二人で古江にびわをもぎにいつた。三貫ほどとつて、やつこらやでさげてかへつた〉 (7月8日)

  

 8月5日の午前中、睦子さんは転校してきた級友に勉強を教え、その後、川遊びに行った。

  

 〈午後 小西さんと泳ぎに行つた。(中略)今日は大へんよい日でした。これからも一日一善といふことをまもらうと思ふ〉 (8月5日)

  

 翌6日朝、県女2年だった姉の植田のり子さん(85)=広島市東区=は動員されていた工場へ行くため一緒に自宅を出たが、「お金を忘れた」と、友達に渡す麦わら帽子の代金を取りに睦子さんがいったん帰宅。その後、それぞれの動員先に向かって何げなく別れたのが最後になった。

 爆心地から約800メートルの小網町(現広島市中区)一帯の建物疎開作業に動員された県女の1年生約220人全員が死亡。父、秀一さん(平成11年に97歳で死去)は行方不明の睦子さんを何日も捜し歩いた。作業跡の瓦の下から奇跡的に制服を発見したが、遺骨はついに見つけることができなかった。

 日記帳は、昭和61年に77歳で亡くなった母、安代さんが誰にも言わずに大切に持っていた。睦子さんの三十三回忌に引き継いだのり子さんは、日記を抱いて一人で何度も読み返していたのだろうと、母の悲しみの深さを感じたという。

 「けんかもしたけど、何をするのも一緒。仲良し姉妹でした」。のり子さんは自らの被爆体験を証言する講演の中で、睦子さんが書き残した「最後のページ」も紹介している。

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